≪ 心を浄化して死へ向かう準備 ≫







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今日のお題は「心を浄化して死へ向かう準備」

浄化とは心身の罪やけがれを取り除くこと。

60歳にして、最近『死』について考え始めた。
いつ、死ぬのだろうか、まったく分らない。明日、癌を告知されるかも知れないし、いったい一人一人の死は神様が決めているのだろうか、まったくかからない死。






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60年前、父と母の間に生を受け、親の助けを借り一歩一歩歩き始めた。そして、幼稚園、学校の先生などに支えられ成長した。それから、社会人となり、世の中の仕組みを知り、経営者、先輩、後輩に恵まれ大人へと成熟していった。

この間いろんな人生を歩み、『悪』もしたであろうし、『悪』を心で思ったこともたくさんあった。このまま「悪」を背負ったまま死んでいった場合、果して天国では地獄に行くのか、それとも天国に行くのだろうか。ここで言う「悪」とは『煩悩』ととらえていいだろう。

60歳までの人生『煩悩』を積んできたであろう。ここで、煩悩を浄化して、心を清め天国に行った方がいいように思う歳になってきた、60歳。





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煩悩とは
人間の身心の苦しみを生みだす精神の働き、心を汚し、
例えば、嫉妬や妬みも煩悩です。


仏教に三毒というのがあります。
心の三毒(貪(とん)・瞋(しん)・癡(ち))
貪(とん)=むさぼり 【欲深く物をほしがる、際限なくほしがる】
嗔(しん)=怒り【自己中心的な心で、怒ること、腹を立てること】
癡(ち)=迷妄【物事の道理に暗く実体のないものを真実のように思いこむこと】

私たちが人間として生きている以上、自分の心に抱く煩悩によって苦しまねばなりません。

それは、人は必ず欲望をもっている精神作用なので、煩悩からさけることができないそうです。

この、煩悩から少しでも解消されるためには、良きことを思い、良きことを心がけなければならないと思っています。







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京セラ,KDDIの創業者 稲盛和夫氏の「経営に求められる力」よりそのなかにいい一言が紹介されています。

これはジェームス・アレンの言葉「人の心は庭のようなもの」です。


『もし、心の庭に手入れをしなかったならば、そこには雑草の種が舞い落ち、いつの間にか雑草が生い茂ってしまうでしょう。

あなたが自分の心の庭に素晴らしい草花の花を咲かせたいと思うならば、手入れをして、あなたが望む美しい花々の種を植えるべきです。

もし、心の手入れをしなかったならば、というのは、ほうっておけば、そこには煩悩(ぼんのう)
しか生えてこないようになっているわけです。

だから、煩悩の雑草を引っこ抜き、そこに新しい利他(りた)の心を、やさしい思いやりに満ちた慈しみの心を感謝の心を植えていく。

さらに、手入れをしなければ、たちまちにまた、煩悩という雑草が生え茂って、せっかく植えた利他の心というものは枯れてしまいます。

つねに手入れをして、利他の思いが出てくるようにしなければいけません』と書かれています。







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