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孔子銅像を観に、湯島聖堂に行ってきました。
論語
儒教の経典 20篇。中国,春秋時代の思想家孔子とその弟子たちの言行録。孔子は仁(思いやり)が大事だというわけです。

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論語を読み始めたのが昨年6月、早1年6ヶ月にもなり、今はほぼ毎日1時間ほど勉強しています。そんな中、東京都文京区湯に孔子銅像が建てられていることを知り、湯島聖堂に行ってきました。

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HPによると湯島聖堂は、徳川五代将軍徳川綱吉は儒学の振興を図るため、元禄3年(1690)湯島の地に聖堂を創建して上野忍岡の林家私邸にあった廟殿と林家の家塾をここに移しました。これが現在の湯島聖堂の始まりですって

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地下鉄、御茶ノ水駅から4分ほどのところにあり、門をくぐって、石の通路を歩いていくと、わぁ~大きな銅像があった!孔子像であった。高さ5メートルほどあり、博士『よく来たな』と言っているようであった。

10分ほど孔子を眺めていると、『孔子先生これからも、論語を勉強させていただきますので、今後弟子にしてください』と
お願いした。


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子日わく 仁遠からんや 我仁を欲すれば、斯に仁至る
「仁」とは遠い存在だろうか、いやそんなことはない。私が、「仁」を求め行えば、「仁」はすぐ近くにやってくる。
「仁」は遥か遠くにある崇高な目標かというと、そうではなく、「仁」は我々それぞれが心の中に生まれ持っていて、それぞれが「仁」を意識し求めれば、「仁」はすぐに実行できるよ、と言われているのだと思います。

『仁』とは思いやり

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孔子像が祭壇に!

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「学びて思わざれば、則ち罔(くら)し、思いて学ばざれば、則ち殆(あやう)し」
本を読み、たくさんの知識を蓄えても、自ら考えなければ、 本物の(活きた)知識にはならない」また反対に「いくら考えていても、それを支える知識を 身につけなければ、独善に陥る可能性がある」 


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杯です。


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