玉川上水を散策してきました。




先月妻を誘って、わりと近くにある「玉川上水」を散策に行きました。



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当日最寄りの駅から、電車に乗り継ぎ「玉川上水駅」で降りた。どっちの方向に降りるんだろうかと妻と思案しながら外に出ると交番があり、交番で玉川上水へ行く方向はどちらですかと聞いてみたら、お巡りさんが「反対側を渡った方向です」と教えてくれた。反対側の出口を出たことだったので、階段を上り反対側の出口に出た。そして電車の来た方向に行けば、「玉川上水駅~鷹の台駅」のコースであろうと思って歩き始めた。

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そしてテクテク歩き始め、緑のトンネルと綺麗な水の流れに誘われ、るんるん気分であった。
歩きながら横には畑もあり、ズッキニー畑であった。

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玉川上水を調べてみた。
玉川上水開削以前の江戸の水事情より
 天正18(1590)年、徳川家康は江戸入府に先だち、家臣大久保藤五郎に水道の見立てを命じました。藤五郎は小石川(※現在の東京都文京区小石川)に水源を求め、神田方面に通水する「小石川上水」を作り上げられたと伝えられています。 江戸の発展に応じて、井の頭池や善福寺池・妙正寺池等の湧水を水源とする「神田上水」が完成したのは寛永6(1629)年頃とされています。一方、江戸の南西部は赤坂溜池を水源として利用していました。と書かれてあります。

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途中いくつかの橋があり、マップを見ながら歩くが、それらしい橋の名前は見当たらない?
少し疑問に思ったが、間違いないコースだと思っていた。
歩けど歩けどマップにある橋がない!妻がマップを広げ見たところ、反対側へ向かっていると言った。
あゃ~
どうしようか?
このまま進みと2時間ほど歩き、それから駅へ向かうことになる。せっかく来たが、道を間違えて歩いていたので、一番近い駅に向かった。


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もう10年以上ブログをやっていますが、妻の写真が出たのが初めてかな?




6月1日、職場の夕刊を見てみると東京新聞に「江戸の飲み水を支えた玉川上水とその分水網は世界遺産にふさわしい」と書かれてある記事があった!
記事の内容です。

江戸の飲み水を支えた玉川上水とその分水網は世界遺産にふさわしい-。玉川上水の保全などに取り組んできた市民や研究者らが手を結び、機運を盛り上げている。2020年の東京五輪・パラリンピック後のレガシー(遺産)にと、行政も巻き込んだ流れをつくりたい考えだ。 (竹島勇)

玉川上水が通る東京都武蔵野市のホールで五月二十九日、「玉川上水・分水網を世界遺産・未来遺産へ第一回シンポジウム」が開かれた。保全などに関わってきた市民団体と研究者らでつくる準備会(代表・田畑貞寿千葉大名誉教授)が主催した。 シンポでたびたび語られた言葉が「オリンピックレガシー」。元東京都副知事の青山やすし明治大大学院教授は「東京五輪があるという良いタイミングだ。遺(のこ)すのは前回五輪のような環状7号線や首都高といった道路ではない。必要なレガシーは、玉川上水と分水網のような連続した水と緑だ」と主張した。と書かれてあった。

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明日から留守にしますので、コメント欄は閉鎖いたしました。


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